ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

透明人間

私はバイセクシャルであることを友人たちに公言している。しかしまだ会社では言わない。そして言ってみる前に退職するものと思われる。あれはまだ春だったか、「推しの俳優」や「イケメン」の話で周囲が盛り上がったときに、女優さんの名前しか思いつかない…

私は自由を渇望する

この国のことを考えると悲しくなるばかりだが、「考えたところでしかたない」というささやきに従ってものを考えなくなれば、今後とも玩具のごとき扱いを甘受するのみであるから、ここでなにが起きているのか、考える。めまいがする。やめたくもなる。なお考…

アラーム

おかげさまで、淡々と会社に行けるようになりました。もう、いやでいやで、いますぐにでもやめたい、という感じではありません。診察室にて、そのように現状を伝えたところ、淡々とですか、と医師は微妙な笑いかたをした。ほかに言うこともなくて、私も笑っ…

朝食を

先週、吐き気に耐えながら欠勤の連絡をし、心療内科を探したのと同じカフェで、カプチーノとクッキーを平らげてこれを書き出した。午前中に空腹を感じたのも、朝食らしきものを摂ったのも、ずいぶん久しぶりだ。夏休み以来か。早くも最悪の状態は脱したらし…

なんのための治療か

休暇はほんのいっときの解放をもたらすだけだ、と、夏休みを終えて嘆息した。それから「いまの状態のまま、たとえば転職したとしても、そこでまた同じ問題に直面する可能性が高い」と医師に宣告された。すなわち、現在の私には、休職も退職も解決策たりえな…

休み明け

十一連休明けの新入社員を、研修先の人々は、平生の気さくな態度で迎えた。最後の一日は夏期休暇ではなく、当日の朝だしぬけに申し出た欠勤であったが、こちらから頼む前に有給休暇扱いとなっていた。私よ、いったいなにが気に食わないのか、ここよりましな…

まじめ

適応障害のことを聞いた母は、納得したというようすで、あなたはまじめで責任感が強いから、と返事をした。すかさず私は反論を試みていた。さっさとやめたいとこぼしてばかりだし、重圧も自己嫌悪も感じていないつもりだけれど、と。そういうことじゃなくて…

投薬

適応障害、軽度のうつ症状、と診断された。その名がいかなる意味をもつか、私に正しく把握するすべはないが、心療内科医がそう言うのだから、そういうことらしい。とにかく会社を休みたいのですが、休むのもこわいです、としどろもどろになりながら、心身に…

自由人

男らしいと言われたことがない、と私の好きな男は言った。そうだろうねと私は返事をした。男らしさなるものを誇示しないこの男を、ものしずかで、やや華奢で、芸術をいつくしむこの人を、私は愛しているから。私も、女らしくないと評された経験のほうが多い…

思うだけ

私は徹底した地球人ぎらいではないから、他人たちについて、他人たちがそうするように、性的魅力を感じたり、心身の不調を心配したり、差別的「冗談」をおもしろがる神経の持ち主であったかと落胆したり、身勝手にもする。ただし、そのことを当人に表明する…

トリップ

休暇に入ってから、おもしろいほど、目つきが違う。青黒いくまは消え、上まぶたのむくみだか腫れだかも引いた。ひさしぶりに全貌を見せた黒目は、こころなしか輝いている。大げさではない。私以上に私の体調を心配する母が「すっきりしたね」と言ったのだか…

海を聴きに

一〇連休に入るのがうれしくて、海を聴きにか、海で眠りにか、退勤後にそのまま出かけた。家族には「海を見てくるから遅くなる」と連絡したが、このあたりのは黒くよどんだ水たまりみたいなもので、観賞には適さない。そもそも私は海がとりたてて好きではな…

私は貧しい

私の家はじゅうぶんに豊かだ。私は、習いごとをいくつも経験し、早いうちに携帯電話を与えられ、毎年のように家族旅行をし、学費を一円も払わずに私立大学を出た。では、この私ひとりではどうか。ひとりで暮らしてゆくとしたら、どうなるか。手取りは二十万…

湯宿にて

温泉施設の食事処にてこれを書いている。はちみつレモンサワーの氷はいまにも溶けきりそうだが、水位はまだ半分を切らない。私は下戸で、飲み残しを引き受けてくれる人は、きょうはない。ひとりで来た。ひとりで食べてもうまいものはうまいと感じる体質なの…

家出

このごろ私の様子がおかしいと母は言った。雰囲気は暗いし、口調はどこかきつい、仕事がつらいのか、と心配そうにしていた。私は、平生の態度について申し訳なく感じていること、仕事はとことん向かないからやめたいこと、いやなところしか見せられないのが…

二三歳の自己分析

一定の場所に一定の時間、拘束されることを私がひどくきらっているのは、思えばいまにはじまった話ではない。アルバイト、通学電車、講義のあいだの空き時間、あらゆる会合の予告なき延長、式と名のつくものすべて、いずれも耐えがたかった。アルバイトは、…

ゆっくりしてね

心因性の故障を引き起こしやすい自身のことを私は「破れやすい」と形容するが、これには直接の起源があり、私の左耳の鼓膜には穴が開いている。幼少期、塞がることを見込んで切開手術を受けたものの、そのまま残った痕だ。大学受験のような強いストレスに晒…

やめる人の話

部署の人々とは親子ほど(と当人たちが好んで言うのだ)も年が離れている場合が多いからか、個人的なことがらを暴かれるという事態には陥ったことがない。権威勾配の存在が考慮されているのを感じる。その点は悪くないが、飲み会には別種の苦痛がつきまとう。…

婚姻という契約

婚姻制度にみずからを投げ入れたさいの利点として、代理手続きや遺産の相続が可能となる、などのことがらにはうなずけるが、「絆」「責任」などと呼ばれる感情的な側面には、私の理解はとうてい及ばない。この側面とは、「結婚をすれば一人前になれる」とか…

週末の述懐

バスに収容されたのちも、未練がましく、ここで引き返そうかという甘い期待がちらつくようになって以来、平日は悪夢ばかり見る。また会社をやめたい話か、よく書くことが尽きないものだ、と私は私に呆れながらも書かずにはいられないのだが、主題の反復は、…

なぜ

理由を訊かれることに痛痒を感ずる場面が多々ある。なぜ髪を切ったのか、なぜ飲み会に来られないのか、なぜ「うちの会社」に入ったのか。それらの質問には、たいてい、差し支えがあれば答えなくてもかまわない、という注釈がついている。これによって、答え…

夏休みの計画

今月の手取りも、日給に換算すると、個別指導塾のアルバイトより少ない。能力の低さに見合った報酬には違いないが、拘束時間をみるに不当だという感触もある。相変わらず、出勤前に固形物を飲みこめるほど体調のよい日はまれだし、バスに積載された頭は朦朧…

しずかな人

疲れているときに見たくなるのは、人間のなかでは毎週日曜日に会う顔だけだ。その人は、私の破れやすい神経を刺戟せず、ふさぎこんだ気分に感染もしない。かつ、くたびれたところをひらいて見せるのに、私自身がやぶさかでないといえる。いちじるしい内向型…

余白

懐かしさをひらめかせた引き金は、さきおとといの場合、匂いでも味でもなく、楽曲の一節でもなく、ストリートビューが捉えた高架下と空の色だった。最寄駅の薄暗い裏通りが、小学生だったころの夏休みと同じ彩度をもって映り込んでいたのだ。 時間帯は早朝と…

切りたての髪

髪を顎のあたりまで切った。浴室を出てすぐベッドに倒れ込みたく、いつまでも乾かない長い髪が煩わしかった。ショートヘアがしっくりこないことは熟知していたが、気に食わなければまた伸ばしたらよろしかろう、と結論して切った(私は美容院が苦手なのに、…

続・会社をやめたい

違和や不愉快を覚えたとき、それらが永続するかのように思いなし、みずから苦痛を増幅してしまうのは、ただちに治すべき思考の悪癖に違いない。私は会社をやめたいが、会社勤めをきらう要因が取り除かれる可能性を排して、こう言っているにすぎないのだ。 私…

命名

私の本名は実用的である。画数のきわめて少ないことには、なんらかの試験を受けるたびに感激するし、少々風変わりで弁別性に富むが、読みかたに困るほどではない。それから、なにより重要なことだが、かなりかわいい。同音反復のところが言いにくいらしく、…

組合

脅迫めいた勧誘を受けて以来、労働組合には入らないと決めている。先月の昼休み、組合員は親しげな笑みを顔に貼りつけ、突如として私に近寄り、まだ迷っているのか、というようなことを言ったのだった。加入の意思はないと私は告げた。「会費を払わずに恩恵…

なぜ子どもをほしがらないのか

「なぜ子どもをほしがらないのか」と咎められたなら、「あなたはなぜ子どもをほしがるのか。つまり、あなたがたのほうは、なぜこういった尋問を受けないのか」と抗議するほかない。しかし、かつて同じ質問を「他人の心理に興味がある」といった素朴な調子で…

時間の問題

体感として、時間はたえずのびちぢみしている。ただし、そのことを、ひいては時間という枠組みの存在を思い出すのは、のびきって停滞しているあいだだけだ。時間のちぢむときは、ちぢんでいることに気づきもしない。そういうわけで、私の日曜日は、たんに速…