ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

生活をせよ

文豪とか芸術家とか呼ばれる故人の、対人関係における誠実さや生活能力をいちじるしく欠いた態度が取り沙汰され、ときに本業以上の反響を呼ぶのを、くりかえし観測してきた。太宰治にまつわる挿話はその典型だ。私の愛するドビュッシーもそうだ。このことに…

暮らし

給与明細をダウンロードしてひらくと、返ってくるはずのない年金のぶん、ごっそり引かれていた。〈法定控除〉の欄に目をやったまま、「会社をやめたらね、年金払わないんだ」と隣席の同僚に言った。「もうやめるときのこと考えてるの? 早すぎるよ」と笑われ…

歓迎会

自発的に会社をやめることは、結局のところないのだろうな、と思った。歓迎会の最中だった。私は、感じのよい人には簡単にほだされるし、どちらかといえば勉強好きであるし、(実際に責任を全うしているとはいわないが)責任感の稀薄なほうではないから。 悪…

会社をやめたい

会社をやめたい。勤め先が気に食わないのではない。会社勤めそのものをやめたい。集団生活から、八時間以上に及ぶ拘束から、抜けだしたい。先月になって判明したことだが、私は、あすもあさっても五時半に布団を這い出なければならない、そう考えただけで表…

なきあと

粉飾の多い弔辞を述べられるのは耐えがたいからしばらく死ぬまい、と決めている。とはいえ、ながらえたいと願うものには死にどきも死にかたも選べないから、実際にしているのは、帰宅したら「今日も弔辞を述べられずに済んだ」と思うことだけだ。 「あっては…

先月のことだった。精神の成長が止まった、とふいに思った。十代のころ、そのうちのいつだったかは記憶にないが、もう身長は一生伸びない、と、なにか明るくしずかに絶望した年があった、あの感じがした。 私は焦った。杞憂にすぎないのかもしれない、あるい…

手紙

二三歳になってはじめての夜更けを迎えた。私は連休明けの生まれだ。ついでに、心身ともに丈夫ではなく、なにもしない時間をこよなく愛している。それで誕生日前夜、すなわち出勤前夜は気がめいり、誕生日のことなどすっかり忘れてしまう(もとより日付とい…

七人部屋

「今度の研修で、大部屋に泊まることになったら、あるいは共同の浴室を使うことになったら、それから起床時刻が七時以前と定められたら、退職する」と、切実かつろくでもない冗談を飛ばしていたところ、それらの仮定はすべて実現し、私は宣言をただちに取り…

日報

大学の講義中には間違っても聞かなかった、先生方のひどくきらった疑似科学、アジテーション、激励のかたちをとった脅迫、などを放散する社員たちはみな善意と純情に満ちており、そのなかで私のことばは通じにくいようで、それもそうだ、ここは日本なのだか…

夕食

昼休憩より、社員食堂への新入社員の立ち入りが制限されているはじめの15分間、および4階分を徒歩で往復する道のりを減じたものが、昼食のために残された持ち時間です。「5分前行動」の原則より算出される事実上の始業時刻までに着席すべく、作業にいそ…

新生活

さっきまで、電話口めがけて「私のことは、きのう入学式を終えたばかりの小学生だと思って聞いてほしい」と告げ、新生活なるもののありようを、ことこまかに悪しざまに言い連ねていました。当時の登校から放課までと、現在の出社から定時までの距離とはよく…

怒り

怒るのがきらいで、部屋にテレビを置かないのですが、不注意でワイドショーなど目に入れようものなら、「正気か?」と「いや、まともでないのはこちらだ」とを1分おきくらいにくりかえすはめになります。 私の場合、〈怒りたくない〉は〈正しさのもとに声を…

学位記授与式のあと

扉のガラス越しに、袴およびスーツに身を包んだ同級生たちがそろって背すじを正しているのを覗き見て、勘違いに気づいたものの、気づいたところでどうしようもありませんでした。私は今日の学位記授与を、めいめい都合のよいときに現れて手続きを済ませるも…

春は

私には春がわかりません。人里の春がなぜこうも騒がしいのか、「平成最後の夏」の流行を観測したときと同じく、不可解に思われます。私は、個人の単位より大きな、群衆の「出会いと別れ」には意味を感じません。 高校の卒業式では、退場の列に、ひとりだけ薄…

考える人

頭の悪いふりをするのは悲しいことです、とエマ・ワトソンがスピーチで発言したとかしないとかが、少し前に話題になりました。真偽についてはわかりかねますけれど、いずれにせよ私は反響の大きさに驚き、「悲しいこと」をせねばならない人々、あるいはせよ…

ボヘミアン・ラプソディをもういちど

映画「ボヘミアン・ラプソディ」については、身の上を語るのに利用したきりで、作品そのものの話はここまで避けてきたのですが、大勢がほめたたえたものをずたずたにしてでも、書きたいものを書くとしましょう。 本作は、私からすれば、ライヴ・エイドにいた…

教え子の奢り

高校時代の恩師は、私の卒業論文につまびらかな感想をくれ、会話はいつしかほとんど議論の体をなしはじめ、ひたすら平行線をたどってしぼみつつありました。私も先生もひどく頑固なのでした。私は先生に怒ったのではありませんが、この相似形をみると腹立た…

教団リクルート

就職活動に悩む後輩から寄せられる質問に、なんとかナビにはこんなふうに書いてあるのですが、というようなのが混ざりはじめたので、私はくらくらして、「企業からお金をもらって宣伝する立場ならそう書くほかないからね」と答えるべきか迷い、しかしその事…

ふつうのいい人へ

あなたに対する、ありったけの侮蔑、拒絶、退屈の意をこめて、これを書いています。私のいう「ふつうのいい人」の定義をおさらいしましょうか。他人の「あたりまえのしあわせ」を願ったり祝ったりするけれど、その尺度がきわめて私的かつ流動的であることに…

文学部卒業

人間の存在に対して「生産性」を追求する人々は、自身の生存にかかるコストを試算してみて、蒼ざめて発言を撤回するなり、みずからの肉体を片づけるなりするというところになぜ行き着かないのか、ふしぎでなりません。自身だけは、いかなる角度から眺めまわ…

家のなかでは

かつてこんな問題にぶつかった、と解決したあとでなにげなく投げかけてみると、なぜそのときに話さなかったのか、と両親はうろたえだすので、そのたびに私は、話せなかったのではなくて、話さずにおくことを好むだけなのだ、といった釈明に汲々とすることに…

好きな人の好きな人

2時間近く電車に積載され、はては都心に吐き出されてまで会いたいと思う友達が私にはおり、その人には思いを寄せる人がおり(彼女の好む用語を借りれば「おもいびと」ということになります)、つまり私には、好きな人の好きな人とでも呼ぶべき存在がありま…

無色の交信

高校の同級生に、ずばぬけて頭の回転が速く、あまりに傍若無人な宇宙人がおり、その人とは卒業以来いちども会ってみることなく、LINEのやりとりだけがつづいています。推敲を経ずに言い散らし、思いつきが枯渇したところで、互いに合図もなく黙り込むのが常…

我慢

「我慢のきかない人たちが簡単に離婚する」という意見をあるとき耳にして、このかたは我慢して結婚生活をつづけていらっしゃるのだろうか、と考えましたけれど、たずねはしませんでした。我慢強くないから離婚する、という説はおそらく誤りであると私は見て…

交歓

「どう答えてほしいのかわかるから、適性検査にはたいした意義がない」というようなことを親友がなにげなく言い、自動車学校から「自分のありのままをだせる人です」と診断された私の度肝を抜いたのは、おとといの夜でした。彼女は、自身にいかなる態度や言…

すごいおっぱい

この人もそうであるのか? 女性に性的魅力を感じ、かつ自身も女性として生活していると、こんな疑問がふと頭をよぎります。たとえば、目の前の話し相手が女性で、同性を熱っぽくほめているときにです。その話し相手が「女の私でも惚れてしまう」「私/彼女が…

かわいげ

他人を評価するさい、その人の自己評価を加味するというやりかたが世間では主流らしく、たとえばここ日本では「あの子、自分のことかわいいと思っていない?」が手厳しい批判になりえます。また、近頃は風向きが変わりつつあって、「自信に満ちた人はうつく…

誤読

「交際相手に浮気をされた」という事実のみから、相手の申し開きに耳を貸すことなく「自身に魅力がないからだ」「相手に愛情がないからだ」などの因果関係を導き出す、といったような思考法の突飛さあるいは愚劣さについては、以前にも書きました。私はこの…

薄氷

タルトタタンの並んだテーブル越しに、先生が「将来を、と、こころに決められた方が、もういらっしゃるのですか」といったようなことを、おそるおそるおたずねになったとき、先生と私の関係は、いま、不可逆性の変質を遂げた、とぼんやり思いました。こんな…

狂気の沙汰

「ボヘミアン・ラプソディ」を観て気に入ったキャラクターは、ベーシストのジョンです。「まわりがきーきーしちゃっても、ぽやぽやしているひと、いいよね」と、温厚な人柄を私は不明瞭なことばでたたえました。 ところで、私がバンド活動から遠ざかったのは…