ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

表紙

 探しものと頼みごとをするのが苦手なので、図書館には、目当ての資料を滞りなく受け取れるよう、インターネットにて予約をしてから行きます。よく利用するのは、実物はおろか表紙の写真さえ見たことがない書籍です。したがって、カウンターで手渡されるのは純然たる初対面の相手ということになります。こうした一連の手続きは、きわめて現代的な待ち合わせの形態であるといえましょう。

 このやりかたで困ることがひとつだけあります。カバーデザインが扇情的だったときに、どぎまぎしてしまうことです。いかなる意匠であろうと、表紙を見られること自体はかまわない、ゆえに自分で手に取った本をカウンターに持って行くぶんには問題ないのだけれど、彗星のごとく現れたえっちな表紙に動転するところを見られるのはたまらなく恥ずかしい。向こうはお仕事だからなんとも思っていないということなど、わかったうえで恥ずかしいのです。これはおのれとの戦いなのですから。

 かつて『金瓶梅』『ドグラ・マグラ』によってかきたてられた羞恥の念が、『チョコレート語訳 みだれ髪』とはじめて会ったきのう、よみがえってきました。そのとき私はうまく笑えていたのでしょうか。