ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

ポストチラリズム

 道路に面した衣料品店の駐車場をバスのなかから見下ろすと、ひとりの女の子(に見えました)がお召し替えの真っ最中でした。中学生であることは学校名入りのジャージからわかります。私にも経験があるのですが、設備の不十分な学校で育った少女らは、服のなかで服を着替える早業を身につけているものです。素肌を見せることなく器用にトップスを替えて、脱いだものを車内に放り込んでいました。どうして、車があるのに外で着替えていたのでしょう。

 中学生のころ、男女別の更衣室を体育の授業で使うことはありませんでした。見られてもかまわないものを下に着ているからと、ごったがえす教室で、だれもが平気で着替えていました。あのころはそれでよかったのです。しかしながら、無邪気さがものをいう時代は、21歳のわが身を通り過ぎました。大人の持つ危なっかしさはだらしなさと紙一重です。

  見えそうにないものを、どういうわけか、わがこころは見たいと望みます。これは服のなかをさして言うのではなくて、のぞきたいものは、たとえば泣き疲れて眠った顔です。ひた隠しに隠された、そこにないものを妄想する私は、ちらりとも見えなイズムの信奉者です。

関連記事

www.kodahira.com