ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

夏のせい

 夏のせいでしょうか。期末レポートが残っています。靴下に穴が開きます。自転車のそこらじゅうががたついています。私のせいでしょうか。

 人々が、短気、軽はずみ、無気力、ふしだらであるのを、すべて自身の責任とされることに対し、夏は怒りをあらわにしてしかるべきです。夏を歌った歌における夏の不当な扱いは、目に余るものがあります。「すっぽかした約束」も「身の程知らずの恋」も夏のせいにしたアルバムを、私はよく聴きます。

 一方、なにもかもを夏のせいにする話法は、すぐれていると認めざるをえません。だれにもどうしようもないもの、かぎりあるものを使うところが狡猾です。酔いのせいにするより、しかたないね、とすませてしまいやすく、さらには、夏が終わったらおしまいだよ、というわけです。もうひとつ、終わって、必ずまた来るというところまで計算ずくでしょう。年ごとに「あの夏」が厚い層をなしてゆき、痛みと恥は相対的に薄れます。

 私は自身の手にしている現在を満ち足りたものと見ていますから、ひと夏だけの甘い罪なるものを背負うつもりはありません。夏のせいに私はしないのです。

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