ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

パルタイ 上

 意外だと言われたときにはいささか不服でしたが、じつは露骨な性描写を好まないので、1960年生まれの短編を読むのは気の進まない宿題でした。明晰であるようにも混乱を招くようにも受け取れる、本文中のことばを借りるなら、それはたいへん「居心地のわるい」小説でした。「わたし」は「未知の動物にかんじるような興味」から接触した相手との交合にて、「わたしのなかにあっても依然として異物で」あるものとしてその人を認め、のちに父親のわからない子を孕み、求婚者に子どもを「処分しようとおもっている」と告げる。そのあたりの記述を飲みくだすことができなかった私は、乾ききった笑いをもらすのにしくじって、悪酔いに耐えながら顔をひきつらせました。

 他人のからだがきらいです。動きの視界に入るのも、立てる音も放つにおいも熱も受けつけません。自身にさえ、がまんならないときがあるほどです。大教室や電車を埋めつくすのが猫やひよこなら、あるいはせめて扇風機とかならいいのにと思います。人間へのなわばり意識がどこまでとけてなくなるかというのは、私の場合、その人のことばやしぐさがどれだけ好きかということ次第です。「異物」と抱きあう気は起こりません。私のかたく守るその原則、そして自身への稀薄な愛着までもが、今日はひどく乱雑にゆさぶられたのでした。

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