ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

「いや(もっと)」

 なにぶんこころが狭いので、私に指図してよいのは私だけだと決め込んでいます。いやがることもやらせないと張り合いが抜けてしまうから、したくないことは、せめて他人から言われる前にさせてやります。

 ことに、勉強に関してはそうです。いったん手に取った本は、いやでもひととおり読むのです。なにも感じないときはやめてもかまわないことにしていますが、わからないなら、あるいは不快なら、苦い顔をしながら終わりまで読みます。なにがいやなのか? なぜ見たくないのか? それをことばにしてつかまえないと気がすみません。おのれを屈服させるように映ったことばは、いずれおのれのかたちを確かめる助けになってくれると信じて、咀嚼しようとつとめるのが私の流儀です。

 「やだ! これきらい!」から「もっと知りたい」まで一直線に私を連れ去る小説があり、卒業論文をそれで書こうかと考えはじめています。「きもちわるい」小説を論じるのは、愛するものを前にしながら甘いことばを封じ、批評的な距離と理性を保ちつづけることよりは、やりやすいかもしれません。でも、いやいや読んでいるうちに、好きになってしまったらどうしよう。