ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

遅咲きの芽

 腫れるまで自分の眉間を殴ったのは、つい2、3年ほど前のことです。狂気と滑稽そのものとしか言いようがありませんが、鼻を高くしたかったのです。容姿にコンプレックスを抱いていました。眉間を殴ったり、二重のくせをつけたくてまぶたを引っ掻いたりするのをやめるまでに買った服は、ほとんど手元に残っていません。卑屈あるいは不機嫌になって選んだものに、ときめかないのは当然のことです。

 劇的なできごとはなにもありませんでしたが、いつからか、自分の顔と体型をきらわなくなりました。きっと、このからだで生きてゆくほかないのに、いじけているのはひどくつまらない、と思い切ったのです。すると、私が不美人であることに変わりはないのに、まぶしいほどかわいい子に会ったとき、こちらに影がさすような錯覚に陥ることはなくなりました。

 生きているかぎり、姿かたちはたえず移ろいます。かなりの美形にもかかわらず最初に産んだ娘にその長所を分け与えてくれなかった、とうらやましく見てきた母に、わずかずつ目もとが似てきました。私には、いまの母が、幼少期の記憶よりはるかにうつくしく思われます。それならば、わが美質もその齢に追いついたころ花ひらくのではないか、とひそかに期待しています。