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帰るの?

 小学校の試験に、「帰る」を活用させる問題がありました。空欄を埋めなさい、「まだ帰( )ない」というぐあいに。「れ」を書き入れたところ、赤ペンで「ら」に直されました。早く家に帰りたい子どもだったのです。いまなら、先生を口説いて丸をいただくのに。

 帰るのを引きとめてはいけないとでも思っていたのか、「帰らないで」と言えませんでした。夕暮れの病室にて、看護師さんに、まだここにいてくださいと頼まなかったのを悔やんでひとり泣いた昔のことを思い出します。いっしょにいられなかったからではなくて、いっしょにいてと言えなかったから泣きました。私は、べつに、ものわかりのよい子ではなかったのです。「ママ帰っちゃうからね、バイバイ」に「うん、いいよ」と答え、年端も行かぬ妹を呆れさせたこともあります。それなのになぜか、帰らないで、行かないでとは口にしませんでした。幼くして、あわれにも強情です。

 別れ際、まだ帰りたくないよ、と軽くつぶやいて改札を抜けてゆく友達が、まぶしくいとしく映ります。私には、そんなふうに「帰らない」と甘やかに戯れることが、ひどくむずかしかったのです。大人になったら、本気の「帰さない」をつきさそう、きっとそうしよう。

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