ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

贅沢な悩み

 「贅沢な悩み」なるものが存在するとして、贅沢であるか否かの判断を下してよいのは、悩みを抱える本人ただひとりです。人は人のこころに立ち入れません。「そんなことで別れるのか」「そんなことを気にするのか」などと言ってはなりません。「そんなこと」と軽んじたところで、話しあいはおしまいです。

 自分より苦しそうな人がいるのだから苦しがってはならない、という掟はありません。悩みに貴賎なしです。言ってもしかたのないことを、言わないかわりに、私はここにさんざん書きつけてゆきます。あざやかなオチやハッピーエンドの用意はないけれど、読んでおもしろがったり胸をなでおろしたりしてもらえるのだから、ただことばにすることが、なんにもならないということはないみたいです。

 贅沢な悩みを、贅沢だからと切り詰める必要はありません。存分にこころを砕き、のたうちまわり、泥のように眠ったのち、わかっていたとおり答えはなく、もういちどのたうちまわって、かまわないのです。理屈に合わない、不経済ないとなみで、結局のところ生活はできているように思われます。悩むとか、おやつにするとか、抱きあうとかで。