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悪人礼賛

 「由来ぼくの最も嫌いなものは、善意と純情の二つにつきる」。いい人まみれの世界で生き延びて、私がふてぶてしくも開かれた場所でものを書きつづけているのは、このことばに始まる随筆のおかげでもあります。

 自身と周囲とを比べて焦ったり落ち込んだりする神経が発達しなかったかわりにか、私は別のところがきわめて震えやすく、想定外のこわれかたをします。いつも悪意なきことばに傷つきます。そこに悪意がないからです。そして、悪意がないのに傷つくのはこちらの問題だ、とおのれを傷つけます。私は、この消極的な自傷から抜けだすのに、21年を要しました。

 たとえるならこうです。子どもの振り回した腕がぶつかった。痛いけれど、あの子に当てるつもりはなかったのだし、私だって滑り台で知らない子の頭を踏んづけたことがあるのだから、声を上げる資格はない。私はずっとこんなふうに考えていました。また、いまでも、子どもにわかるように叱る、親の教えを改める、といった根本的な解決に向かうほどの強さは持ち合わせていません。私にできるようになったのは、痛いものは痛いと認め、あとで好きな人にそっと「痛かった」と打ち明けてさすってもらう、たったそれだけのことです。

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