ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

平成最後の夏

 平成最後の夏が来る、というちょっとしたニュースがTwitterをにぎわせているのを観測しました。私にとっては、このうごめき自体がちょっとした椿事でした。「平成最後の夏」ムーブメントに対する率直な感想は、いつの夏もひとしく二度と戻らないのに、というものです。「最後」だからと感慨にふけるメカニズムが、私には備わっていないものと思われます。

 最後のときを、たとえば近づく卒業の日を話題にしたおしゃべりの輪には、たいてい入りそこねます。仲間外れにされるわけではありませんが、参加する資格のないような気がなんとなくしているのです。お祭りじみたから騒ぎ、一定の感情を表明せよと半ば強制させられる儀式(「サプライズ」や卒業式がそうです)からなるべく離れたところで、さびしさやなつかしさには、ひとりかせいぜいふたりで浸るやりかたを私は好みます。

 平成最後の夏に、私は眠りたいぶんだけ眠り、会いたい人だけに会う、つまり例年どおりに過ごすつもりでいます。おわりのきらめきを感じとる嗅覚のするどさ、あるいは、すべての瞬間がおわりをはらんでいることに気づかないにぶさに由来する、得体の知れないアジテーションから遠い避暑地を求めてやみません。