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奇想版画家

 週末の上野に雨は降りませんでしたが、長蛇の列に、ちらほらと傘の開いた眺めは、昨年の秋に同じ美術館を訪れたときとよく似ていました。その傘というのが日傘であり、心底から日射しを厭う顔がそこらじゅうに息づいているのを見て、しかしいまは夏であると認めねばなりませんでした。暑いのはほんとうに苦手です。私のほんのわずか明晰な部分は溶けやすいので、入場を待つ60分あまり、しりとりもろくに続かないのでした。

 「奇想版画家の謎を解く」と銘打った展覧会でした。有名な「だまし絵」以外の作品もどこかだまし絵めいていました。雲や波といった流体を、多肉植物のような厚みをもった塊として描くのは、エッシャーの好みか癖なのでしょうか。旅行先の土地に着想を得たという風景画においてさえそうだったから、画面は現実味を欠いて、まるで地球上のどこにもない場所でした。

 すきまなく敷きつめられた鳥と魚のあいだに、私は鳥でも魚でもないものを探しました。あの自在に変態するぶよぶよしたものたちが、彫り込まれた動かぬ軌跡であるというのも、ひとりの人間の手によってすべて産み落とされたというのも、信じがたいことです。天才と偏執狂の区別がつかない私の考えによれば、エッシャーはまぎれもない天才です。

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