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続・知らないくせに

 「子どもを持たないものが子育てに口を出すな」といったふうに、経験したことのないことがらについて語るな、という主張を聞くことはめずらしくありません。しかし、経験の有無と、語ることの是非とはまったくの別物であると私は考えます。

 上述の命題を真とすれば、やがて、それを裏返した「経験したことは語ってよい」に行き着くおそれがあります。すると、禁煙に成功したとたんに喫煙者を啓蒙するかのような態度を見せるとか、恋した人を射止めたつもりになったとたんに無用の饒舌ぶりを発揮するとかいったたぐいの、本来ならば成人までに根治すべき病を長引かせてしまうのです。ものごとについてことばをめぐらすときに必要となるのは、経験ではなく真摯な想像力です。「あのときの私はああだったから、あなたもそうだ」を押し広げようとするなら、かけがえのない経験は、かえって目をひらく妨げとなります。

 だれも死んだことはないのに死を語ります。私はそれを不遜だとも空虚だとも思いません。哲学者たちののこした死をめぐることばを、「このときは死んだことがなかったくせに」と退ける気は起こらないのです。私は私のまだ知らない労働や戦争に思いを馳せ、きたるべき引っ越しと共同生活、猫、海岸線、老いを夢見ます。

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