ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

告白

1.

 彼に告白をさせたい一心で、私は黙りこくって待っていました。

 好きだと言わせたい。この使役の形をとったきわめて受け身な願望は、言質を取りたいという幼い不安にもとづいていました。つまり、告白さえ受ければ、「こんな私でも、あなたのほうから、よいと言ったのでしょう」という確信が得られるような気がしていたのです。

 しかし、私がほんとうにすべきだったのは、「こんな私」を選んでもらうことではなく、みずから許すことでした。

 

2.

 男女のおつきあいなるものをとりまく不文律には従えそうになかった一昨年の私は、しばらくひとりでいようと決め、レズビアン東京の料金システムと預金残高とを見比べてため息をつくのが習慣となったこと以外にはなにも変わらず、日々を過ごしていました。予約の電話をかけることは、ついにありませんでした。

 計画が狂いはじめたのは、夏を迎えたころでした。海辺のライブハウスを訪れたり、ホールのスタインウェイを借りて遊んだりして、毎週のように会う人がいました。彼は、とくに近しいわけではなかった高校時代の同級生であり、嫉妬するには遠すぎて見上げるばかりのキーボーディストでもありました。才能ゆたかな彼には、うぬぼれが致命的に欠如していたので、無心に弾くだけ弾いて、まばゆいステージから惜しげもなくふらふらと降りてくるのが常でした。

 口数の少なく、愛想の悪い私たちは、ふたりでいるときには、よくしゃべり、よく笑いました。チューニングをしなくても、歩調が合っているみたいでした。彼と私とは、人混みと急ぐのとを苦手としていたので、各駅停車に運ばれるあいだ、ぼうっと陽を浴びていました。そこでは、自分探しをしたところでなにも見つからないだろうとか、なにを考えているかわからないと指摘されるときにはなにも考えていないとか、よしなしごとをめぐって意見を一致させたものでした。のんきに海老の殻をつつき、これほど食べるのが遅い人にははじめて会った、と互いに驚きながら嬉しがった夕暮れもありました。

 長い休みが明け、別々の大学に戻ってから、私は彼にもういちど会いたがっている私を認めました。奇しくも、彼も私を好いているようでした。そして、ひとりでいるという私のもくろみは、その年のうちに破れました。

 

3.

 恋人となった彼に、私は「あなたの思うような女ではない」という旨を伝えなければなりませんでした。それは、どこからひらいたらよいかわからないほどの、大がかりな荷ほどきでした。手はじめに、冷たい汗をかきながらひとつ取り出して、私は彼に「女の子も好きになる」と話しました。

 すると彼は、こともなげに「いまは俺が好きなんでしょ?」と答えました。目のさめるような気持ちに満たされ、私はうなずくばかりでした。彼にとって私は、両性愛者である前に、ほかのだれでもない彼を見つめたひとりの私にほかならないのでした。

 やりとりはこの調子でくりかえされました。人ぎらい、潔癖、気まぐれ、強欲、私が私の皮膚にまとわりつくおびただしいラベルの注意書きを読み上げると、たいした問題ではないとばかりに彼は短い返事をしました。そうして彼は、何ヶ月もかけて、私をほやほやのまっさらに洗い上げてゆきました。いますぐ彼から彼という代名詞をはぎとっていつものやりかたで呼びたいのを、こらえてつづきを書きます。

 喉の奥につかえていたものをひととおり告白したのち、私は受け身の助動詞とともに〈おつきあいをする以上、望みに応えなければならない〉を脱ぎ捨てました。はじめから、彼はそんなものを欲してはいませんでした。つまり私の望まないことを決して望みませんでした。

 私の投げかけるあらゆる質問(体型や化粧および服装に関するものから、彼以外との人づきあい、卒業後の進路にいたるまで)に対して、彼はただ「したいようにしてほしい」とほほえみました。それは私の口癖にもなりました。

 

4.

 「『あなた』『わたし』と呼びあいたい」と私がうわごとのように書きつづけるのは、上述のように、かつて自身を〈できそこないの女〉として、彼を〈一般的な男性〉として扱い、それ以前に一個人であることを忘れていた私をひっぱたいてやりたいからです。

 思いを確かめあうまで、情けないことに、私は「奥手男子の脈ありサイン」だの「返信の遅いカレの心理」だのを読み漁っては浮いたり沈んだりしていました。彼に当てはまる記述はないといってよいほど乏しいものでした。かけひきと呼ばれる煩雑な手続きの形式に、従順な彼ではなかったのです。したがって、彼を知りたいのなら、彼と話をするにかぎります。現在の私たちの基本方針は、「言わなければわからない」にごく近いといえましょう。

 私が惚れ込んだのは、キュレーションサイトが描出する男子大学生の平均像ではなく、ただひとりの生身の人間です。ご近所の星から落ちてきた宇宙人のようにも、縁側にすべりこんできた猫のようにも見えるかわいい生きものです。私のつかうことばや、常識にとらわれないところが好きだと言った、ふしぎな感性の持ち主です。「ふつう」という蜃気楼をものともしない彼を、離したくないとあのときの私は願ったのでした。

 

5.

 かけひきの文法からも、「おつきあいなるものをとりまく不文律」からも、はみ出したところに彼は立っていました。彼の頭を占めるものは、「初デートの誘いかた」「告白のタイミング」にはじまる型どおりの段取りではなく、いつでも、だいいちに、彼自身と私の気持ちです。私はそんな彼に会うと心安く、若干の鼻水とともに涙をこぼしたり、からだじゅうがゆるみきったみたいにめいっぱい笑ったりします。

 私たちは、互いの所有物でも、永遠を誓いあった仲でもありません。たとえ互いを失っても、どうにかやってゆくでしょう。しかし、そんな仮定ほどつまらないものはないと感じます。私たちは、いかなる契約にもよらず、いまこのとき、隣にいたいから隣にいるのです。

 ふたりはそれぞれに、ひとりで立ち、ものを言い、気ままに歩いています。二年前、どちらからともなくはじまった行き当たりばったりの散歩が、私たちをどこへ連れてゆくのか、それは私たちにもわかりません。

 

6.

 恋心の告白をどちらからしたのかは、いまとなってはあいまいで、しかもどうでもよろしいことなので、そのときのことを思い出して記すかわりに、私からもういちどします。これで何度目になるか、数えきれません。「ありがとう」にも「愛している」にも言いすぎはなく、こころが変わらないかぎり、頻繁に聞かされたせいで重みを失うということは起こりえない、と私は考えます。ひどく素直で不器用な私たちには、照れ隠しも出し惜しみもできないのです。

 彼の産まれた今日を喜びあうために、私はおなじみの上り線に揺られ、いつもの駅に向かっています。まもなく、階段を降り、改札を抜け、少しばかり足を速めた私に気づいた彼が、とけそうに笑うでしょう。愛の告白はその瞬間になされるでしょう。