ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

叱って

 私は人に向かって、過去形にて願望をぶつけ、出会う以前のおこないを間接的に責め立てたことがあります。あやまちに気づいた私が「謝りたい」と申し出たのち、相手は私の泣きごとに最後まで耳を傾けました。怒るなりさげすむなりされたい、と蒼ざめながら返事を待つと、しかしその人の声色は傷つき戸惑っており、非難のことばを口にすることもありませんでした。

 返事を待っていた私は、通話終了の合図が鳴ってそれきりになるかもしれないとは、疑いもしませんでした。謝らせてほしいと乞うた私は、「聞きたくない」と答える選択肢が相手にあるとは、考えもしませんでした。つまるところ、「謝りたい」とは「許されたい」にひとしいものです。いまにして思えば、私は、悪い人でありつづける居心地の悪さから逃れるために、かわいいわが身をなぐさめるために、受取拒否をいっさい想定せず「ごめんなさい」を投げつけたのでした。

 ふしぎなことに、謝罪を受け取ったその人は、相変わらず食事や散歩につきあってくれます。なにかあれば叱ってほしいと言うと、その必要はないと笑います。じつは、この頼みごとも、「私に目をかけ、こころをすり減らしてでも声をあげ、抱きとめてほしい」に近い無理難題です。私はひどくわがままになりました。