ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

生活がへた

 私が院に進まないことを驚く友人がどういうわけかあまりに多いのだ、と学部の友人に話しました。その友人もまた、私は進学するものと思っていたようでした。それはなぜか、私は生活がへただからか、とたずねると、彼女はいろいろのことばを尽くしたのち、おおむねそのとおりだ、といったような返事をしました。ことばに感じやすく、「社会に向かない」と大人から言われたことがある、この二点からして私と彼女は同類です。

 この私にも、高校生くらいまでは、「社会に向かないなんて、そんなことはない。ちゃんとやっていけるよ」といった激励を受けることが少なからずあり、そのたびに、やはり向かないという感覚がわきおこるのでした。それは「社会でちゃんとやっていく」のがよろしいと信じていなければ発せられないことばにほかならず、就職を決めたいまでさえ「社会人」を名乗りたがらない私には、まるで理屈に合わない話なのです。

 生活のへたそうな人、たとえば彼女といるあいだは、外の雑踏における序列のたぐいは無効化されるといってさしつかえなく、私は早起きも人混みも苦手なまま、社会性をほとんどもたず「ちゃんと」しないままで、「生活がへただね」と、これまでとは違っていつくしむように、日々ささやかれています。