ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

春は

 私には春がわかりません。人里の春がなぜこうも騒がしいのか、「平成最後の夏」の流行を観測したときと同じく、不可解に思われます。私は、個人の単位より大きな、群衆の「出会いと別れ」には意味を感じません。

 高校の卒業式では、退場の列に、ひとりだけ薄ら笑いを浮かべているのがいて、それが姉だった、と私の妹は回想しています。「卒業」の示す「いまここに属しているという資格を失う」「今後この顔ぶれが揃うことはない」という事実は、集団生活をきらうものには、必ず行使されるべき条件にほかなりません。数年後の解体が約束された組織だから、身を投げることもできたのです。それにひきかえ、会社員として拘束される時間の長いことには、始まる前からあきあきしており、いずれ卒業式を、つまり契約を解除する儀式を、懐かしむこともあるだろうと考えるほどです。

 この春、私が惜しんでならないものは、会いたい人だけに会うための暇と、学割です。春はけだるく、ぬるく、よどみ、「日だまり」の「だまり」のところの感じがして、あたたかさが耐えがたく苦手です。種の氾濫に免疫を侵されたからだを引きずって、かたい椅子にじっと座り、ありがたいお話をうかがうなどというのは狂気の沙汰で、私は入社式の翌日も熱を出すでしょう。