ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

なぜ子どもをほしがらないのか

 「なぜ子どもをほしがらないのか」と咎められたなら、「あなたはなぜ子どもをほしがるのか。つまり、あなたがたのほうは、なぜこういった尋問を受けないのか」と抗議するほかない。しかし、かつて同じ質問を「他人の心理に興味がある」といった素朴な調子で投げかけられたさいには、不愉快ではなかったし、明晰な回答を差し出せなかったことが心残りでもあるから、あらためて書きとめておく。気が変わる見込みのないことは、いまやはっきりしつつある。

 私はなぜ子どもをほしがらないのか。もっぱらことばの通じあうものを愛するから。体力と収入に乏しいから。この国に不信と失望を覚えているから。社会のために人間があってはならないし、親のために子があってはならないから(「少子化」だの「老後」だのを持ち出されたときにこう思う)。保存と記憶の欲求が稀薄だから。産まれたがっているのかわからないものを産む意欲が湧かないから。共同体を築くことより、なにものにも侵されえない孤独な時間と空間をもつことのほうに、悦楽と尊厳を感じるから。

 子どもを望むものは産むなり育てるなりし、望まないものはそうしないことだ。その選択が妨げられてはならない。言うべきはこれにつきる。