ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

しずかな人

 疲れているときに見たくなるのは、人間のなかでは毎週日曜日に会う顔だけだ。その人は、私の破れやすい神経を刺戟せず、ふさぎこんだ気分に感染もしない。かつ、くたびれたところをひらいて見せるのに、私自身がやぶさかでないといえる。いちじるしい内向型の私にとっては稀有な存在だ。

 彼は大きな音や声を決して立てない。エンターキーを叩く、グラスを置く、ドアを閉める。あらゆるしぐさが、機能を実行するためだけになされる。そこにはなんの主張も込められていない(感情を表明するさい、私たちが用いるのはことばである)。

 彼は私の悲しみを私のごとく悲しまない。私がはす向かいに住む人の訃報を受け取った日、彼は少しもうろたえず、励ましもしなかった。私のこころと呼ばれる部分は私ひとりのものであると、彼はよく知っているから。

 どんなふうに意表をついてくれるだろうかと期待して、「私のいないあいだに私のことをどれほど考えるか」というようなことをたずねたところ、返答は「考えてもわからないから考えない」だった。聞いて私は驚かなかった。ただ愉快だった。彼には私の機嫌をとるつもりがない。それで私を上機嫌にする。