ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

自由人

 男らしいと言われたことがない、と私の好きな男は言った。そうだろうねと私は返事をした。男らしさなるものを誇示しないこの男を、ものしずかで、やや華奢で、芸術をいつくしむこの人を、私は愛しているから。私も、女らしくないと評された経験のほうが多い。その要因は理屈っぽさか、単独行動を好む点か、などと推量するのはたやすいが、問題はそんなところにはない。私たちを「らしくない」異端者と見るより、「らしさ」のあてにならなさを指摘し、定義を再検討するほうが、人間および人生に対する態度としてはるかに誠実だ。

 わが低級なる娯楽のひとつとして、恋愛にまつわるコラムを批判的に読む、というものがある。そこで散見されるのは「自身より性に積極的な女性を男性は好まない」といった説だ。そのような啓蒙趣味に従属するのはまっぴらだというのが第一の感想であるが、同時に、これに賛同する男性は女性ばかりでなく自身をも束縛しているようだ、とも考える。男たるおのれは、客体に悦びを与え、絶頂へと導く使命を帯びた存在である、とでも思い定めているのかもしれない。さぞ息苦しかろう。

 「らしさ」すなわち非対称の構図を有した規範、あるいは退屈で不幸な勘違いから、彼は自由である。彼は私に指図をせず、みずからを禁圧することもない。