ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

なんのための治療か

 休暇はほんのいっときの解放をもたらすだけだ、と、夏休みを終えて嘆息した。それから「いまの状態のまま、たとえば転職したとしても、そこでまた同じ問題に直面する可能性が高い」と医師に宣告された。すなわち、現在の私には、休職も退職も解決策たりえない。いよいよ治療に踏み出さねばなるまいが、提示された「環境に慣れる」という目標に向かう気は起こらない。

 医師は「会社をやめたい」という訴えを、心身の不調とともに解消するものと見なしているようだ。この齟齬の原因は、問診にて「待遇も人間関係も悪くないのですが」などと虚勢を張り、ものわかりのよいふりを試みた私にあると思う。「集団生活の形態と、あたたかくしめっぽい風土に耐えられない」ことは、相手が専門家であろうと、話したくなかった。両親にも言ったことがない。私の性質そのものを治すべきだと告げられるのがいやだったのだ。こんなふうに考えるくらいには、弱りきっているらしいから驚く。やはり書くことは薬になる。

 会社に残りたがることは、おそらく今後ともない。まだ元気があった入りたてのころから、少しも愛着がもてなかったから。では、なんのための治療か。次の居場所をひらく活力を取り戻し、みずからの感覚と判断を肯定するためだ。私のなかでそう決まった。