ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

私は自由を渇望する

 この国のことを考えると悲しくなるばかりだが、「考えたところでしかたない」というささやきに従ってものを考えなくなれば、今後とも玩具のごとき扱いを甘受するのみであるから、ここでなにが起きているのか、考える。めまいがする。やめたくもなる。なお考える。心療内科の世話になったのも、この気質のせいだろう。それでも私は、頑丈な、空洞からなる心身をもつよりも、こうありたい。

 いま私の頭を占めるものは「平和の少女像」だ。それから、兵器でも死体でもない、ただ椅子に腰かけている少女の像を、どういうわけか寄ってたかって撤去せよと騒ぎ立てる権力者と、それに賛同する群衆だ。つまり、されたことはいつまでも覚えているが、してしまったことはさっさと忘れたがる、いびつな意識の持ち主だ。見よ。少女像が「日本人の心を踏みにじる」のではない。かつて人々の尊厳を踏みにじったのは日本だ。

 ヘイトスピーチの取り締まりと、都合が悪い、あるいは気に食わない表現にもっともらしい理屈をつけて弾圧する行為とを区別しない政治に、私は抵抗する。私は表現の自由を支持し、行使し、渇望する。私にとっての快い芸術と、見たくもないがらくたとが、ひとしく置き場所を得て、渾然一体となり眼前に迫る街並みを望む。