ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

オパシティ

 医師のいう「軽度の抑うつ状態」を経験してから、存在の不透明度が下がった、とでもいうべきこころもちがする。死をいくぶん身近に感じる。べつに、生命維持の機能をみずから停止させようとこころみたわけではない。いまもそれを望んではいない。私はただ、私の破れやすいことを痛切に自覚しただけである。

 怠惰な生活態度に反して、事務手続きはぬかりなくすませるほうだから、退職してまもなく、国民年金と国民健康保険に加入した。こういった機構に接して軽いめまいに襲われるようになったことが、記憶に新しい。市役所の窓口に腰掛けてあいまいにほほえむ私は、一ヶ月後、一年後、むろんその先も、支払い能力をもった加入者としてある、と想定されている。私はありつづけるらしい。現在の私はそのことに驚きと疑いを覚えるのだ。あればよろしいが、あると決めてかかることは、できないからだになった。死を身近に感じるというのはそういうわけである。認識が現実にほんのわずか接近した。

 あるいは、はじめからこんなふうだったのかもしれない。「人生設計」の一語にはじめて出くわし、うさんくさいと思ったのはたしか小学生のころであったし、「そんなに長生きしたくない」と言い放って、めずらしく恋人と意見の不一致をみたのは最近のことでもない。