ひらログ

おひまつぶしにどうぞ。

志ある表現者は

 漫画家・堀越耕平氏が「歴史的な出来事を想起させるというご意見」を受け、キャラクターの改名を発表した。私はこの対応を好ましく見たが、「あなたは難癖をつけられた被害者だ」というような読者からの返信を読み、無知と善意の棘がわが身にも食いこむ心地がした。

 表現者としての矜恃というのは、いちど産みだした言い回しをなんとしても取り下げないような、固執して譲らない態度とは異なる、と私は考える。志ある表現者は、批判を受けたら真摯に応答する。場合によっては、問題を指摘された表現を改める。表現のもつ影響力を知りつくし信じるなら、そのようにふるまうはずだ。

 他人を踏みにじることをも含めた「表現の自由」を高らかに謳いあげ、あるいは批判に対して「そんなつもりではなかった」「知らなかった」を振りかざすものは、語彙が貧しいのだろう。「なぜ、あえてこのことばをつかったか」をろくに説明せず、いちど放ったことばから身動きをとることもないのは、ほかのやりかたを選びとるだけの表現力をもたないことの証左にほかならない。そして想像力も欠如している。ことばをみずからの素朴な悦びの種としてこぼしたいだけなら、はじめから世に送り出すべきではない。